タグ別アーカイブ: もはや将棋は無関係

表情と玲瓏、そして重慶。その①

この文章は将棋とはほぼ無関係です。

秋に行われた直弼杯将棋大会で、K君のご両親と歌手のフェイウォン&三峡クルーズ話で盛り上がりました。フェイウォンは言わずと知れたアジアの歌姫。
三峡クルーズは有名な長江を下る旅で、私もK君のお父様も重慶から武漢までの船旅を体験しています。

そのフェイウォンが歌うMV。
重慶を舞台にした映画「从你的全世界路过」の主題歌です。
中国にまったくご興味ない方もぜひご覧ください。
なんとなくストーリーがわかるかと思います。
ネタバレはこちら
記事中「成都」→「重慶」の誤りです。

この夜景が美しい街が重慶です。
重慶は山をくり抜いたような立体構造の街。
かつて上海は魔都と呼ばれたそうですが、自分には魔都という名は重慶にこそふさわしく感じます。

そして女性警官(ライチ)役を演じているのが白百何(バイバイホー)さん。
役名が果物の「ライチ」。傾国の楊貴妃が好んだ果物…
この映画の本編を実際に観ましたが、彼女の表情の豊かさに胸を射抜かれました。
中国圏に綺麗な女優さんは星の数ほどいます。
白百何さんのあまりにも自然な表情はまるで玉石のように落ち着いた美しさで、唯一無二。
表情の魅力というものを白百何さんに教わった気がします。
金剛石(ダイヤモンド)のキラキラ感とは違います。
玉石のような輝きこそが「玲瓏」の意味らしいです。
「玲瓏」とは彼女の表情のような輝きなんだろうと勝手に納得しています。

さて、私が重慶に滞在したのはたった3日間。ただ三峡クルーズ船に乗る為だけの予定でした。
重慶到着後すぐに翌日の船を予約し1泊。翌日の乗船時に事件が起きました。
予約時に見せられた客室の写真とまったく違うのです。
過去に1年半中国に住んでましたのでそういうのは慣れてましたが、さすがに我慢できないレベル。
すぐに船を降りてチケット売り場でキャンセルを求め喧嘩していると、ちょっとだけ日本語ができる中国人の若者が間に入ってくれ、翌日の綺麗な船のチケットと交換できました。
劉さんという若者は田舎から出てきていて、近くの土産物売り場で働いているとのこと。
その後彼&同僚の若者たちに誘われて、近くの路地裏で人間関係がよくわからないコミュニティーに混じり夕食。家庭料理が次から次にどんどん出てきました。円卓を囲んでいる老若男女の仲間の中には、ビールをラッパ飲みして騒いでる若い警官もいました。
お金を払おうとしましたが「僕らはもう友達だから!」と劉さんに制止されました。
そしていい感じで酔っ払った我々は、タクシー2台で街に繰り出しました。
美化するなら李白の「少年行」、こっちも近いかな?王維「少年行」。(笑)

20年前の中国はたぶん今よりも危険が多く、私は基本的にあらゆる危険を避けて過剰なくらい安全に行動するのが常でした。中国滞在中、特に旅行中は常に心はファイティングポーズ。
この日は趙さんたち若者と意気投合し、 なぜか勢いに任せて風の吹くまま(笑)

重慶の一番高い場所に行こう!と言われ夜景の綺麗な場所に。
記憶では、上記の映画に出てくるラジオ局のビルの屋上よりもはるかに高い場所でした。
そんな場所なのになぜか洪水の記念碑が。
記念碑には、ここまで水位が上がったというラインが引いてありました。
恐るべし長江…

(つづく)

オマケ
白百何さんの切ない失恋ソング。
「擦肩而过」(すれ違い)
歌心もある人だ。

私の拙い中国語力で超訳すると

「すれ違いは、必然で避けられない。
深く愛し合っている時はそんなことは考えなかった。
愛し合っている時はすべてが幸せで素晴らしかった。
別れようの一言で何もかもが終わってしまった。
そう、すべてはすれ違い。」

てな感じでしょうか?

「幸福的眼泪 是最最温暖的珍贵」
幸せな涙が、なによりなによりもあたたかくて大切なものだった。
この「最最」(ヅイヅイ)の歌い方が泣かせるのです。

将棋親が街に放たれた。(食レポ:「SnowCafe」)

仕事場を自宅に移してから引きこもりがちだったので、これからは積極的に街に出ようと思います。
ですが外はもう冬ですね…

以前T下君のお母様にお尋ねしてご存知なかった、おそらくご近所にあるはずのカフェを発見しました。
SnowCafe」さん。
シフォンケーキとコーヒーがメインのカフェ。

オーナーの渡辺さんは工学博士で「水」の研究者です。
元々は「雪」を研究されていたとか。だから店名が「Snow」なんですね…
渡辺さんは科学的に美味しいシフォンケーキを研究されていて(冗談ではありません!)、以前とあるカフェでご一緒し試作中のシフォンケーキをいただいたことがありました。
渡辺さんがケーキを作り始めるきっかけになったエピソードは、心温まるけれど哀しいお話。
涙でタブレットが滲んで、この先はとても書くことができません。

偶然知り合いのAさんがはたらいていることを知り、初めてお邪魔致しました。
「荒木新保」という地名が春江の方だと勘違いしていたことにも初めて気づきました。
こんなに家から近かったとは…
この記事は、新潟の杉山さん(スィーツ好き)をピンポイント爆撃する目的です。(笑)

写真はシフォンケーキのプレーンをカスタマイズしたもの。
・バニラアイス・MIXベリー・ブルーベリーソース・粉糖・ホイップクリーム
コーヒーは自家焙煎。
期間限定のクリスマスブレンドとケニアをいただきました。
何もかもが美味しい。完璧です。
Aさんがドリップしたコーヒーを飲むのは何年ぶりだろうか…

古民家を改修した店内は、クリスマスソングが流れてホンワカしていました。
寒い心が癒された気がしないでもないです。
バツイチ子持ちのくたびれたおっさんの心を癒すには、あと何かが足りない。
実に欲張りなおっさんです。

もちろん将棋を指してるおっちゃん達も居ませんでした。

Aさんには、もし将棋を指すならタブレットで!と釘を刺されましたので、みなさまご注意下さい。


「誤配」について考える。

人文系の学問に興味がある方でしたら、東浩紀の名と『弱いつながり』『ゲンロン0観光客の哲学』(毎日出版文化賞受賞)『存在論的、郵便的』『一般意志2.0』などの著作は耳にしたことがあるでしょうか?

彼の最近の仕事の重要なキーワードは「観光客」(観光客・旅人・村人の三項図式)と「誤配」。
どちらも寅さん映画の面白さにつながるのですが、残念ながら研究者でも無い私が語り得るテーマではありません。興味のある人は著作を読んでみてください。
寅さんは「旅人」を偽装した「観光客」だと言うのが私の結論で、偶然にも寅さん第9作において我が町でロケされた駅舎(廃線になった永平寺線京善駅)での会話シーンが示唆的です。
(下に動画のリンク、吉永小百合さんがマドンナです。)
旅先では「旅人」(移動し続ける根無し草)を偽装した「観光客」(帰る場所がある無責任な旅行者)。
柴又に帰れば「村人」(共同体に属した定住者)に戻る、それが寅さん。

「誤配」について私見を。
東の師匠柄谷行人は「交通」という概念で、コミュニケーション等根源的な人間の活動について語りました。
自分も学生の頃、柄谷を読み漁りました。
将棋に深く関わるようになった最近は、柄谷の有名な「教える-学ぶ」という図式が将棋の駒落ち指導対局そのものだと感じていました。上手と下手のお互いの非対称的な関係性が、今では手垢のついた感のあるワード「他者」そのものだと。

東は「交通空間」ではなく「郵便空間」を提唱しています。
「郵便空間」では「誤配」(配達間違い)や「遅配」(配達遅れ)が連発する。
そういった配達のエラーをシステムの不完全性として忌み嫌うのではなく、「誤配」すなわち配達の失敗という予期しないコミュニケーションの可能性を希望とみなすことこそがビビッドで人間的な営みである、と自分は理解しています。

将棋を「郵便空間」と見なすと非常にわかりやすく、「誤配」(お互いの勘違い)の連続でもすばらしい棋譜につながることもあり、「誤配」は(感想戦で)事後的に確認し合わないと起きたことすら気づかない。
定跡をなぞり続けるだけの対局では「誤配」は起きないが、定跡を外れるまで新しいことは何も生まれません。

以前紹介した小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」ではまさに郵便による対局(チェス)が行われました。
ミイラとリトルアリョーヒンの哀しい結末はミイラの意図的な愛のこもった「遅配」が生んだもの。
その「愛のこもった遅配」というメッセージの意図は伝わらず、残念ながらリトルアリョーヒンに「誤配」されたわけです。(ややこしい)
この物語においては「誤配」に希望があったのかどうか難しいところではありますが、「誤配」の事例としてとても比喩的です。

そして、寅さんの恋は「誤配」だらけ。
「誤配」の連続で盛り上がり、結局最後は旅に出てリセット。
旅先では「旅人」を偽装しているが本質は「誤配」の種となる「観光客」。
また熱い恋がスタートし「誤配」を繰り返す。
素敵だ。

将棋もネットもSNSも「郵便空間」。

将棋の対局においては多くの場合、指し手の意味が相手に正確には届きません。
勝負の世界なので届かない方が良い場合も多いでしょうが…
またネットやSNSを介すると、真の思いが届くべき人に届かず、相手への思いやり・将棋の普及や将棋界への貢献という強い思いが逆に攻撃ととられることも。

より深く理解しあえれば解決するのか?
たぶん「誤配」を楽しみ受け流す心の余裕が必要なんでしょうね。

「敵は我にあり」でしょうか…