「お前は何を言ってるんだ」タグアーカイブ

母語と母国語の違い

皆様は、母語と母国語の違いをご存知ですか?

この違いが、将棋の上達法(学習法)の違いにも当てはまるんじゃないかと常々思っています。

違いをご存知ない方も多いと思いますので、
こちらのページ「日本語とチカラ」を足がかりに、興味ある方はネットで調べてください。

さらに興味がある方は、この本で。

駒落ちの指導対局を繰り返すことは、まるで母語を習得するような過程なんだと思います。
棋譜並べも母語習得に近いような気がします。

定跡や戦形を書籍などで学ぶのは、アナウンサーが放送用の言葉遣い(母国語の一種)を訓練したり、外国語の学習に近いのでしょうか。

初心者がソフトを使っての将棋の学習は、母語を身に付けるようには上手くいかないと思います。

それはなぜか?
ソフト側に、伝えようという意思や愛情が無いからです。

どうぶつ将棋、きょうりゅう将棋、そして…

どうぶつしょうぎ

 

 

 

 

 

きょうりゅう将棋

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイソン将棋!

丸山九段のCM!

丸山九段は固形のカロリーメイトをモグモグして有名になったわけですが(笑)

おまけ
満島ひかりさん。

さらにおまけ
米米と言えばコレしかないでしょう。
若き日、山口県岩国市のダンスパブ「shake hip」で、ダンサーかず君が教えてくれた「シュールダンス」。

さらにさらにおまけ
花粉症を吹き飛ばせ!

フィギュアスケート男子から学んだこと

金メダル羽生結弦君から学んだこと。
「難易度の高いことに、リスクを冒してまで立ち向かう必要はない」

フリー1位ネイサン・チェンから学んだこと。
「リスクを冒して挑戦すれば、周りの人々を感動させられる」

銀メダル宇野昌磨君から学んだこと。
「何も考えないことが、良い結果につながる」

CCTV春晩2018

春節です。旧暦のお正月です。
昨夜はCCTV(中央電視台)で恒例の「春晩」が放送されました。
日本の大晦日恒例の紅白歌合戦のようなものですが、
ここ最近は想像を超えたスケールのイベントとなっています。
どれが現実でどれがAR?CG?さっぱり訳が分かりません。
未来がそこにあるという感じでしょうか。

これが国力の差というものなんですね…

近年はニコニコ生放送やyoutubeでもライブ配信されています。

昨夜は、台湾のF4(花より男子の台湾版で有名に)の2人、ヴィック・チョウとジェリー・イェンが出演したのがやや驚きでした。花澤類と道明寺ですね。
ヴィック・チョウの近くに、つくし役だった大S(バービー・スー)に似た女性が居たのですが、胡可さんという別人でした。似過ぎです。
38:48〜「年夜飯」というお正月らしい曲で、ヴィック・チョウと香港の人気女性歌手ジョイ・ヨンがペアになっていました。二人とも若手のイメージでしたが、いつの間にかベテラン歌手の風格が。
ジャッキーチェンの他、香港・台湾の明星が多数出演。
いつも前日あたりまで出演者情報が錯綜するらしく、マギー・チャン出演の噂もあったらしい。

日本も他人事ではない中国の国策「一帯一路」アピールが至るところに。
こういうところが、やはり社会主義ですね。
相声(漫才)では、即興で漢詩作りをするというネタがありました。
どんどん詩のお題がシルクロードを西に行くという知的な笑いで、「西安」から始まりしまいには「カザフスタン」が漢詩のお題になるという。一帯一路ネタと言っていいんでしょうね。
私レベルの中国語力と漢詩の知識では全くついていけませんが、会場は大爆笑。
こういうのが本当の意味での「文化」なんだろうと思います。

雰囲気だけでもお楽しみください。(字幕有り)

詩の中に数字の「一」を数多く入れる勝負では、台湾の人気歌手、周華健の「朋友」という歌の歌詞をパクってますね(笑)「朋友一生一起走那些日子不再有一句話一輩子一生情一杯酒」
ちなみに周華健は90年代に、日本の曲「花〜すべての人の心に花を〜」をカヴァーした「花心」が、大陸で大ヒットしました。また彼のチャゲアス「男と女」のカヴァーは、「夏日未了情」という香港映画(ベタなひと夏の恋系作品)のクライマックスでとても効果的に使われてました。

さて、たくさんの演目中やはり最高だったのは王菲(フェイ・ウォン)と那英(ナー・イン)の20年ぶり春晩での共演。二人は大親友であることが有名です。
王菲は説明が不要ですね。
那英は大陸を中心に活躍し、たしか最近はスター発掘番組の審査員にもなっています。
ややボーイッシュな声が特徴的で、私は彼女の「霧里看花」という曲が大好きです。

王菲の武道館コンサートでは、持ち歌以外に那英の曲「夢醒了」を歌ったのがとても印象に残っています。この曲の2人のデュエット動画もyoutubeにありますね。(別音源を誰かが合成した模様。)

春晩2018「歳月」

春晩1998「相約一九九八」

「夢醒了」

6七キャラメル。(ドラマ「woman」より)

「待った」の後に「6七キャラメル」。

5年ほど前の坂元裕二さん脚本ドラマ「woman」の冒頭。
都電ホームでの印象的なボーイミーツガールから、古書店でのホンワカした対局シーン。

小春(満島ひかり)がこんな事を語りながら、玉頭に駒を打ち王手をかける。(二歩っぽいんですが…)

「こどもの頃、人が死んだらどうなるのかなあと考えたら止まらなくなって。
大人に訊いたら星になったんだって言うの。
星になるわけないって思って、人間が。
結局考え至ったのが、人は死んだら消えて無くなるんだって…」

そこで信が間髪入れず、
「待った」
と言い相手の手は戻さず、小春の玉頭にそっとキャラメルを置くのです。

優しく「人は死んでも消えてなくならないよ」と言ってるかのように…
「いっしょに答えを見つけよう」というプロポーズだったのかも知れませんね。


話が進むにつれ、キャラメルが信(小栗旬)の壮絶な少年時代に「希望」の象徴だったことが明らかになります。
この後の展開が強烈すぎて忘れ去られそうな対局シーンですが、この「待った」には重要な意味があったわけです。

回想シーンでは結婚前、冒頭シーンとは別の対局中にこんな会話も交わされています。

「どうして山に登るんですか?」
「読書と同じです。最後のページに書いてある答えを知りたいんです。」
「なんの?」
「生きている。」

そう言えば、ロマンチックコメディの金字塔「恋人たちの予感」では、ビリー・クリスタル演じるハリーが、
「僕はいつ死んでもいいように物語の結末を先に読む。」
と言ってメグ・ライアン演じるサリーに呆れられたシーンは有名ですね(笑)

最終話の回想シーンで、彼が導き出した答えが妻となった小春に日常のワンシーンで語られます。
長女が産まれ、小春のお腹には二人目が。

これがまた子を持つ親には響きまくる名言なんです。

ぜひ本編をご覧ください。
ネタバレはこちら

小栗旬演じる信の好青年ぶりは、小春じゃなくても惚れるだろうと。
信のように生きたいものだと、心から思います。

ドラマ中、随所に将棋が登場します。
満島ひかりさん演じる小春は、幼い頃ピアノ教室をサボって公園で大人と将棋を指し、将棋好きの父親の相手をして強くなったという設定。
ストーリー中、升田幸三先生の自伝があらわれた時は思わず爆笑しました。

「anone」で視聴率は苦戦中の脚本家坂元裕二さんですが、
私にとってこの「woman」は「カルテット」を超える人生のバイブルになりました。

最終話の回想シーンに現れた相振り飛車の将棋は、2人の服装や小春の髪型が違うことからドラマ冒頭とは別の日だと分かります。
盤の周りの整い方や二人の話し方から、ドラマ冒頭の対局シーンよりも時系列的に前のような気がしますね。相振り飛車の対局では、駒箱を駒台にして丁寧に持ち駒を並べたり、小春の装い(髪型や服装)、二人の会話や態度も初々しいような。知り合ってからまだ間がないような雰囲気が漂っています。
この辺りの細かい演出が素晴らしい。

2人は古書店で将棋デートを繰り返した?
よく見返すと冒頭では小春がエプロンをしてお客様を見送っているのが一瞬映り、相振りの時は膝に古書が何冊も乗っかっているので、ここは小春のバイト先で仕事の合間に一手ずつ指していたということですね。

大都会東京にはこういう店もあるのかと調べてみると、撮影に使われた古書店は荻窪にあります。
店内で対局できるかどうかは分かりませんが(たぶん無理)、荻窪将棋サロンとは駅を挟んだちょうど反対側にあるようですね。

いつか聖地巡礼したいです。

小春はかなり将棋が強いという設定ですが…
この局面、ツッコミどころが多いですね(笑)
なぜ香得できたんだろう…

ドラマのテーマである「円居(まどい)せん」。
遠き山に日は落ちて」の最後のフレーズです。
(ドヴォルザーク「新世界より」第2楽章 家路)

円居せん。美しい日本語ですね。
ああ再婚したい…

将棋親が街に放たれた。(食レポ:「SnowCafe」)

仕事場を自宅に移してから引きこもりがちだったので、これからは積極的に街に出ようと思います。
ですが外はもう冬ですね…

以前T下君のお母様にお尋ねしてご存知なかった、おそらくご近所にあるはずのカフェを発見しました。
SnowCafe」さん。
シフォンケーキとコーヒーがメインのカフェ。

オーナーの渡辺さんは工学博士で「水」の研究者です。
元々は「雪」を研究されていたとか。だから店名が「Snow」なんですね…
渡辺さんは科学的に美味しいシフォンケーキを研究されていて(冗談ではありません!)、以前とあるカフェでご一緒し試作中のシフォンケーキをいただいたことがありました。
渡辺さんがケーキを作り始めるきっかけになったエピソードは、心温まるけれど哀しいお話。
涙でタブレットが滲んで、この先はとても書くことができません。

偶然知り合いのAさんがはたらいていることを知り、初めてお邪魔致しました。
「荒木新保」という地名が春江の方だと勘違いしていたことにも初めて気づきました。
こんなに家から近かったとは…
この記事は、新潟の杉山さん(スィーツ好き)をピンポイント爆撃する目的です。(笑)

写真はシフォンケーキのプレーンをカスタマイズしたもの。
・バニラアイス・MIXベリー・ブルーベリーソース・粉糖・ホイップクリーム
コーヒーは自家焙煎。
期間限定のクリスマスブレンドとケニアをいただきました。
何もかもが美味しい。完璧です。
Aさんがドリップしたコーヒーを飲むのは何年ぶりだろうか…

古民家を改修した店内は、クリスマスソングが流れてホンワカしていました。
寒い心が癒された気がしないでもないです。
バツイチ子持ちのくたびれたおっさんの心を癒すには、あと何かが足りない。
実に欲張りなおっさんです。

もちろん将棋を指してるおっちゃん達も居ませんでした。

Aさんには、もし将棋を指すならタブレットで!と釘を刺されましたので、みなさまご注意下さい。


スーパーゴールデン回り将棋大会

前もって言っておきますが、この記事は読むに値しませんので読み飛ばしてください。
誰かに伝えたいわけでもなく、ただ書きたいだけなのです。

表題は、自分の人生を狂わせたかもしれない高校時代の黒歴史。
高一の文化祭で、我が囲碁将棋部が開催した競技の1つでした。
各地域のローカルルールを集め競技性を高めた回り将棋、それが「スーパーゴールデン回り将棋」。
ネーミングは、「うる星やつら」に登場したヒーロー「スーパーデリシャス遊星ゴールデンスペシャルリザーブゴージャスアフターケアキッド28号」から着想を得ました。
(高文連のK先生、覚えていらっしゃいますか?)

私は誰も成り手がいない部長役を引き受け、その当時もいきがかりで運営していました。
たしか文化祭では、数万円の出展費が学校から支給されました。
このお金をなんとか打ち上げ費用に全額ロンダリングできないか考えた末、以下の作戦に。

・支給された出展費はすべて賞品(図書券)とする。
・囲碁将棋に関係する競技を複数開催し、全競技で部員が上位を独占する。
・ゲットした図書券を換金し、文化祭の打ち上げ費用にする。

覚えている競技は、
将棋、囲碁、はさみ将棋、山崩し、連珠、碁石つかみ取り、スーパーゴールデン回り将棋。

たしか作戦は八割くらい成功しました。
(翌年は碁石つかみ取りのスペシャリストが入部し、ほぼパーフェクト。)

では黒歴史とは何か?
それは文化祭前に起こりました… <つづく>

なぜ突然高校時代の思い出を語り出したかと申しますと…
数日前に横浜に住む高校時代の友人(実は中西さんの幼なじみでもある)宅に同窓会の案内状が届きました。
その中に直筆の手紙が同封されていました。
送り主は同窓会役員の旧姓Mさん。
彼女は高校時代、学年一のマドンナでした。
男子はMさん派とTさん派が主流でしたが、私は少数派のNさん派。
Mさんはポニーのようで、Nさんは荒馬でした…
(上記の黒歴史は、荒馬Nさんに「囲碁将棋部には非協力的にすることに決めたの!」と言われてしまった事件。)

そのポニーMさんにどうしても伝えたいことがあり、友人から連絡先を聞いてメールしました。
30年来の恋心の告白!ではありません。だってNさん派だったし。(しつこい。)

実は、息子ゆうやは彼女と血縁があるのです。
どういう事かは想像してください。簡単な話です。
それをMさんに知らせると、たいへん驚かれました。
自分も偶然その事実を知った時には、かなりの衝撃がありましたから。
だって学年一のマドンナですよ!自分は荒馬Nさん派でしたが。(あー、しつこい)
Mさんにもそれを言いましたが、「そこは俺はM派だったと言うべきところでしょ!」と叱られました。
あのポニーがこんなこと言うようになるわけですから、月日の経過は残酷なものですね。(笑)

旧交を温め合い、息子が将棋に頑張ってることを話すとこんな返信が。

「1年9組の隣に囲碁、将棋のお部屋なかった?
お昼休みに、○くんが仲良しさんと楽しそうにしてたのを覚えてます。
才能があるのが羨ましかったです。」

才能云々は彼女の勘違いなわけですが、そういう風景が彼女の記憶に残っていたことに驚きました。
実際は、スーパーゴールデン回り将棋でもやっていたのでしょう…

つい最近、当時を追憶しさらに妄想を広げてある俯瞰した風景が構築されたのですが、それは勿体無いので書きません。
ちらっと、ある人に話しましたが…誤配したかも。

ほら、読むに値しなかったでしょ?

Mさんが近々教室に見学に来ると仰っていて、再会が楽しみです。
たまたまですが、川井社長ご夫妻が懇意にされているお宅に嫁いだそう。
世間は狭いですね(笑)

将棋は、文系か理系か

昨年アカデミックな場を中心に、文系の学問が必要かどうかという議論が激しく行われたように思います。
人文知問題で有名なのはソーカル事件。
適当に書かれた人文系のインチキ論文が、なぜか高評価されてしまったという事件です。
文系はエビデンスの要らないテキトーな学問だというイメージがつきまといますが、歴史を辿れば人文知の土台の上に自然科学が乗っかっているということは否定できないかと思います。

さて、将棋について。
「緻密に指し手を読まないといけない将棋は理系向きだ」というのは当たり前すぎてつまらない意見。
もう一歩踏み込んで、「文系的な能力は将棋に必要ないのか?」ということを最近考えています。
将棋を競技としてだけ捉えたら、競技の場では文系的な能力はあまり必要ないのかも。一方、将棋を学んでいく場・楽しむ場においてはむしろ文系的なセンスが必要なのではないでしょうか。

将棋界は一般愛好家が支えていて、競技以外の楽しみも多くあります。
競技以外の場では、何もかもが理系的に割り切れるものではなく、その無根拠性が「文化」と呼ばれる部分だと思います。語義としては、「文化」に対して理系的な実利を備えたものは「文明」と呼ばれます。
競技以外の場でこそ将棋文化が育まれると言うと、言い過ぎでしょうか。

また、囲碁は文系向き、将棋は理系向きという説があるようです。
さらに昨日の囲碁将棋チャンネルの番組では、飯島先生が「居飛車は理系向きで振り飛車は文系向きだ」という説を紹介されていました。

皆さんはどうお考えになりますか?

聖・俗・遊(カイヨワ)と将棋

聖・俗・遊
「遊」について研究した社会学者カイヨワによる三項対立図式です。
文系学生の必読書とも言える浅田彰 大先生「構造と力」でも、たしか触れていましたよね。

「宗教による聖なる空間」と「そこから外れた俗な空間」の二項対立。
仏教では僧で無くなることを「還俗(げんぞく)」と呼びます。

個人攻撃が始まる訳ではないですよ。意識下ではおそらく。(笑)
大河ドラマの井伊直虎も還俗したようです。
坊主ネタではございません。ここから将棋の話。

聖と俗の対立だけではあまりにもスタティック(静的)。
実際の社会はもっとダイナミック(動的)なもの。
聖と俗の単純な二項対立ではすくい取れない現実がありまして、カイヨワは第三項として「遊」を設定しました。

ただの「遊び」では俗に過ぎないわけですが、もっと粋な遊び=浪費ではない有意義な遊び、のことでしょうか。

将棋に適用しますと…
「聖」=競技としての将棋←棋力を高める目的
「俗」=縁台将棋(賭け将棋とか子ども将棋)←ストレス発散?、ギャンブル?
とすれば、「遊」に対応するものは?

「遊」なる将棋とは何か?
自分にとっての興味の中心は、ここなんですよね…
石内先生が仰る「コミニュケーションとしての将棋」とか?
競技とは異質な「芸事としての将棋」?

将棋をコミニュケーションの図式に当てはめると、さらに面白いことが見えてきます。
それはまた次回に。

そうそう、あまり有名ではないかと思いますが、かつてこういう人がいたんですよ。まさに聖も俗も拒否し「遊」に生きた人。

恋愛即興詩人 ダライ・ラマ6世ツァンヤン・ギャツォ

その人生は、なんとなくですが先日空港で非業の死を遂げたあの人とも重なります。

3月のライオン香子役 有村架純の賛否

ネット上では、香子役の有村架純さんだけ原作のイメージに合わないという批判が。

実は何を隠そう、私は3月のライオンの原作を読んでおりません。
有村架純さんが清純派だとも思えませんので、批判の正否はよく分かりません。

同じ羽海野チカさん原作の「ハチミツとクローバー」映画版で、低身長キャラのはぐちゃんを演じたのは身長160cmの蒼井優さんでした。
原作を読まずに先に映画を観たこともあり、当然違和感は感じませんでした。

漫画の実写化といえば、加山雄三のブラックジャック、高倉健のデューク東郷(ゴルゴ13)もありましたし、きっと何だって良いんですよ。

ITSNプロジェクト

将棋の普及の為に何かスローガン的なものをと思い、提案させていただきます。
名付けて

「ITSNプロジェクト」

I…一般
T…大会
S…小学生
N…20人
プロジェクト…計画

県内一般棋戦に小学生を20人参加させようという計画です。
例えば、A級(2段以上)/3人、B級(1級以上)/7人、C級(5級以上)/10人。
もちろん参加するだけでなく、予選通過を狙えるレベルで。

現在は小学生全体で参加者は10人弱です。今年度は6年生の競技者が多いので来年度は一気に小学生が減ります。すぐに20人というのはもちろん無理です。
実はここ最近、低学年の競技者がたいへん増えています。ですので、2〜3年後には当教室以外の生徒さんも含めて、小学生20人以上を参加させることは十分可能だと思います。

小学生の伸び代だと、C級は1年〜1年半で十分抜けられます。
そう考えると、1年に5人ずつC級参加者が増えたら目標は達成できます。

ITSNですが…
I…石内奈々絵先生、T…田中幸道先生、S…??、N…中西六段、中屋六段 という説も。
Sは誰なんだろうか?

坂井将棋クラブで指導してる坂本さん?
あわら将棋クラブの清水五段?
勝山将棋クラブの酒井五段?

川井社長の名前は「三郎」!

お口直しに「玲瓏」の話。

実は昨年秋より「玲瓏(れいろう)」という語について調べています。

「玲瓏」はご存知の通り羽生三冠が揮毫することでも有名な言葉で、「八方玲瓏」という四字熟語もあります。キラキラ輝く、透き通るように美しい、という意味とされています。
将棋界では禅語を揮毫することが多いようですね。
将棋会館の掛け軸の「平常心是道」や「行雲流水」なども禅語。
禅語に「玲瓏八面生清風」がありますから、羽生三冠の場合はここから来ているのかもしれません。

歴史をさかのぼって漢詩の中の「玲瓏」を調べてみると、時代によってニュアンスが違っているようです。

有名な漢詩としては盛唐の詩人李白の「玉階怨」
玉階生白露
夜久侵羅襪
却下水精簾
玲瓏望秋月

水晶の簾を通して見た秋月は「玲瓏」だよね!って感じです。

さらに、時代は下って中唐の白楽天の「長恨歌」後半にも
楼閣玲瓏五雲起
という表現が。

楼閣が「玲瓏」としてるよね!

この二作以外にも、秋月(秋天)、楼閣、という道教的風景に「玲瓏」という語は相性が良いようです。

李白は詩仙と呼ばれていますが、実はこれは清時代からのようで、本来白楽天が詩仙と呼ばれていたという説があります。とは言え「仙」は仙人の「仙」ですから、仏教徒の白楽天よりも道教にコミットしていた李白の方が詩仙の名にふさわしい気がします。
「長恨歌」は玄宗皇帝と楊貴妃へのトリビュート作品なので、彼らが帰依していた道教的な世界観が貫かれています、たぶん。

ちなみに、李白と同時代の杜甫は「詩聖」、王維は「詩仏」と呼ばれています。杜甫は儒教、王維は仏教にコミットしていました。
道教、儒教、仏教は三教と呼ばれ、玄宗皇帝と楊貴妃の時代の長安は三教とも信仰の自由がありました。長安はシルクロードの出発点ですから、キリスト教系の信者も住んでいましたが信仰は自由で布教はダメとかいうルールもあったとか。意外に思われるかもしれませんが、ちなみに今の長安=西安にもキリスト教の教会があります。自分も滞在中、中国人の教え子に誘われて城壁の中のたしか東大街にある教会のクリスマスミサに行った事があります。西大街には回教徒が多く有名なモスクもあります。

儒教は孔子の教えで生真面目な生き方を推奨。道教はクソ真面目な儒教へのカウンターとして生まれ、仙人に憧れて隠遁し清談に耽りながら音楽や碁を楽しむ。三国志の後くらいの時代に実在した竹林の七賢なんかはそういう生き方を実践し、今で言う危険薬物なんかも使っていたとか。サイケな連中です。
唐時代の道観(道教の寺)の中でも、女道士の観はほぼ遊郭のような場所と思われます。興味がある人はぜひ森鴎外の「魚玄機」をお読みください。魚玄機は実在した女性の名前。彼女の詩の師匠温庭筠も含め、実に破天荒な人たちです。

仏教は割愛。

さて、最近は杜甫と王維の詩の中にも「玲瓏」を探しています。
自分が学生だったら「三教文人の詩における玲瓏についての考察」などというタイトルで論文にしたいところですが、漢文の素養が有りませんので無理ですね。

さて、話をどうまとめるかですが…

三教と言えば空海の「三教指帰(さんごうしいぎ)」。この文章は物語仕立てで、三教それぞれの達人がドラ息子の矯正にあたり仏教の僧だけが成功する。だから仏教最高!俺は仏教でいくぜ!という空海の決意をまとめたものです。(だいたい合ってると思います…この「だから」は尾崎豊のI LOVE YOUの歌詞「この部屋は落ち葉に埋もれた空き箱みたい、だからお前は子猫のような鳴き声で」の「だから」くらい飛躍があるかも知れません。)
空海はその後、かなりの力技で遣唐使の一員となり唐の長安に向かうわけです。

空海と将棋、繋がると思いますか?
空海が唐から持ち帰った曼荼羅が将棋盤のようだ、というオチではありません。

映画「聖の青春」を観た方、村山さんを殴った弟弟子の江川君を覚えていますでしょうか?
演じていたのは若手俳優の染谷将太さん。
染谷さんは園子温監督の「ヒミズ」に主演した実力派俳優。
なのに近日公開の劇場版「3月のライオン」では、わざわざ特殊メイクをして二海堂君役に挑みます。
将棋映画に続けて出演とは…

さらに!
来年公開の日中合作映画「空海KUKAI」では、まさに空海役で長安を舞台に白楽天とともに事件の謎を解くとのこと!

空海と将棋が繋がりました。

この映画は腐女子向けのバディー物と推測されますが(?)、ぜひ白楽天の親友元稹と、彼の遠距離恋愛中の恋人、詩妓の薛濤を登場させて欲しいと願っております。

実はこの薛濤、男性詩人に劣らぬ詩の才能を持ち、当時の文人たちのアイドル的存在でした。将棋に例えるならまるで全盛期の石内先生でしょうか。石内先生が考案した「きょうりゅう将棋」は紙製。薛濤は「薛濤箋(せつとうせん)」と呼ばれる美しい色紙を発明したことでも有名です。

以上。

皆さま、良い初夢を。

対局に負けた時の言い訳(理由付け)

①相手が強すぎた。
②あり得ないミス(ポカ)をした。
③相手の戦形に慣れていなかった。(珍しい戦形を指された。)
④体調が悪かった。(不調だった。)
⑤自分の棋力が低い。(精進が足りない。)

他にもあるでしょうが、まずは謙虚に⑤を認めたいものです。
我が子にはそのように指導したいと思います。

小賢しい。

歳を重ねてくると、「小賢しいなあ」と思う場面が増えてきました。

大昔、親友が彼女の実家に挨拶に行った時、先方の父親から「小賢しい」と一喝されたことがありました。
当時はその話を聞いても頑固オヤジだなあくらいの感想でしたが、今当時を振り返ってみると確かに親友は小賢しかった。

「小賢しい!」と面と向かって言い放てるような大人になりたい。

お題

さて、「将棋カフェの常連」さんが書き手になってくださったので、更にブログ内容は多岐にわたるであろうと勝手に喜んでいます。ただの迷走かもしれませんが(笑)。カフェの常連さんは棋力、学力共に一般社会人としては最高クラス。最近はお会いする機会があまりありませんが、息子の将棋でも戦型リクエストすると器用に指しこなして頂けるのでありがたいです。子供の指導キャリアも多く、きっと示唆に富んだ記事を書いてくださると期待しています。なお、個人的には将棋ではない話を期待しています。😁

他にお題として、コンピュータ将棋関係も外せないでしょう?teraさん、どうですか?橋本先生も本まで出版されたようだし。(今回の本は将棋連盟の体質論といった方が良い様子ですが。なお、僕は読んでません)

ところで、石内先生も何か書きませんか?ご自分の将棋半生記をフィクション風味でとか。

某学生くんもどうすか?若く熱い意見を暴走させてみるとか。「常識とは18歳までに身に付けた偏見である」byアインシュタイン

 

父子のこと。

昨日野々市に向かって運転中、猛烈な既視感が。
その感覚を辿っていったら、これでした。

映画「北京ヴァイオリン」です。NHKでドラマ版も放送されていました。
有名なチェン・カイコーが監督し、本人も奥様も出演しています。

ストーリーは…
田舎で暮らす父子。息子は母の形見(真実は…)のヴァイオリンで才能を開花させる。息子をヴァイオリニストにさせる為、最適な環境を与えようと北京に引っ越す。
ラスト、父は息子のことを想うがゆえに一人北京を去ろうと北京駅に向かうのだが…

邦題は「北京ヴァイオリン」ですが、原題は「和你在一起」、英題は「together」。
我が子の才能を伸ばしてやりたいという親心と、その滑稽さ。
この悲喜劇は、我々が熱くなっている将棋にも通じますね。

登場人物は皆魅力的で、北京で出会った江先生と莉莉は少年をあたたかく見守ります。とにかく泣けます。

余談ですが父子の物語と言えば、「北京ヴァイオリン」の脚本家 薛暁路(シュエ・シャオルー)さんがメガフォンをとった映画「海洋天堂」。主役はカンフーで有名なあのジェット・リー。脚本を読んで感銘しノーギャラで出演したそうです。言われなければジェット・リーだと気づかないほど、くたびれた中国の田舎の父役を好演しています。撮影はウォン・カーワイとのコンビで香港映画の一時代を築いたクリストファー・ドイル。そして音楽はジブリ映画で有名な久石譲。豪華すぎですね。
死を宣告された父が障害のある息子の為に何ができるか、というストーリーです。こちらも登場人物が皆魅力的。中国の古き良き連帯感が美しい。そしてドイル独特の映像美が炸裂しています。

お金は出ませんが

一部とは言えプロスポーツ選手が数億円ものお金を稼ぐ時期になりましたね。昔、サイバラ先生の漫画で、高卒だったりする彼らと比べ、無収入に近い状態で素粒子物理学を研究するオーバードクターの息子を嘆く父 というものを読んだ記憶がよみがえります。好きなことをして稼ぐのが一種の理想ですが、大多数は出来ることをして稼ぐのが現実でしょう。稼がないで良いなら、なんだって勝手にやればいいんですけど。

さて、ブログを書くことも大多数の人にとっては全く稼ぎにはならないでしょう。不特定多数の方になにかしら伝わればいいな。逆にいえばある特定の人に言いたくは無いな。ということを書いているんでしょう。最大の読者は自分自身だったりするはずです。(なので、言葉足らずもよく発生する)

世の中に大きなニーズもないことを淡々と続けるのもなかなかに大変です。ということで、当ブログは執筆者を随時募集しています。ブログ始めてみようかなあという人と、もう自分のブログたいして更新してないやという方にとっては悪くないと思うんですけど。条件は、いきがかりさんさえ拒否しなければ(笑)。子供将棋に触れる機会がある方なら良いんではないでしょうか。将棋ネタは10パーセント以上もあれば良いでしょう。

U坂さんは T様と私の秘密の部屋 とまでは言わないまでも T棋士を訪ねて3000里 紀行でも不定期連載してもらうとして、

群馬の某ブログ更新してないなあ(笑)

高山のA先生も、いつまでも一人でアングラは怪しまれますよ(笑)

親子ブログの僕的王道は今は九州のHarukiくんとこかなあ。対局内容に偏らないのがいい。全く面識御座いませんが。九州ネタほしいな。たまに投稿とかでも。。。

ののいち奇襲。。。

メーテル。。。

 

数少ない例外は無視しまして

将棋が強くなるのに大事だなと最近思うのは、「素直さ」です。
教える側(大人)も人間ですから、素直な子には感想戦でたくさん教えてくれます。
感想戦もろくに聞かないで強くなれるはずがありません。
たまたま大人に勝ってもそれは勝負に勝っただけで、実は大人の方が深く将棋を理解しています。そういうものです。
ちょっと強くなったくらいで天狗になっているような子供の鼻は、親がへし折ってやるべきだと思います。

まずは①大人の言うことを素直に聞く。そして②自分の頭で考える。
この2つがセットだと思います。
控えめに言ってますが、スポーツでも芸術でも何かを教わるのに、先生や大人の言うことを聞くのは当たり前。将棋は勝負事だから大人の言うことを無視したりワガママで良い、なんてことはあり得ません。

自力だけで強くなれる数少ない天才児は例外ということで。
残念ながら、自分はまだ一人も出会ったことがありません。

我が子を天才と思い込んでる親には出会ったような気がしますが、思い出せない…
なぜか記憶が欠落しているようです。
PTSDでしょうか…

「棋力」の意味とは?

「棋力」の意味は、広義には単なる対局の勝率のことで級位やレーティングのことでしょう。
自分の感覚では、いわゆる棋力の内部(核)に《勝敗に直接反映されない見えにくい力》があるような気がしています。
オカルトではありませんよ(笑)

《直感的で感性的な思考》と《学習によって身についた知識》とのバランスをとるスタビライザーのような能力のことを、狭義の「棋力」と呼べないでしょうか?
前者(広義)を「棋力①」、後者(狭義)を「棋力②」とします。
ハメ手を覚えて勝率を上げたり、無理攻めを咎めきれない相手に対して攻め倒して勝っていても、勝ちは勝ちなので棋力①は上がったと呼ばれる状態なのでしょうが、棋力②は何も上がっていませんし、むしろ下がっているとも言えます。

夏の暑さでおかしくなってるわけではありませんので(たぶん…)、もう少しお付き合いください。

この棋力②は、なんとなくのイメージですが、これをどれくらい鍛えられるかによって最終到達点が変わってくるような気がします。(アマ初段で終わるのか、プロになれるのか。)
「勝ててはいるのだけれど将棋が粗い」「将棋がまだまだ子供っぽい」というのは棋力②の達成度が低い状態を言うのではないのでしょうか。
棋力②は、将棋にとっての美の問題=筋の良し悪し、に直結するのかも知れません。

棋力②なんて気にせず、勝ち続ければ(棋力①だけ意識していれば)それで良いという考え方はあるのでしょう。自分はそうは思いませんが。
私は、棋力②は身体性とも深く結びついていると思っています。
対局マナーを守り盤駒を丁寧に扱うことで、遠回りのようですが実は効率的に棋力②が育まれるものと信じています。
有段者と差し向かって緊張感をもって行う指導対局は、まさに棋力②を鍛える最高の場ではないでしょうか。

みなさまの御意見お待ちしております。

image